理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。(2018年5月)

希望の象徴 (Wreaths)

私が高校時代に英語と同じくらいに、いや、もしかしたらそれ以上に得意としていた教科は、美術である。

 

私はクラフト作りが好きだ。

作るものはその時によって違うのだが、一度ハマると、延々と作り続けてしまう。

 

娘を出産してからハマったものは、赤ちゃんのオモチャ作り、ビーズのアクセサリー作り、クレイでのネックレス作り、編み物、そしてキャンバスに絵を描くこと。

一度始めると、集中していくつもの作品を作る。

 

そんな私が一番最近ハマっていたのは、ドアなどに飾るリース(Wreath)作りである。

夫の状態が一番悲惨だった2017年の1年間で、私は計20個のリースを作った。

 

当時の私は毎日、仕事に行くことで夫と一緒にいるストレスから開放されていたのだが、家にいる時、どこかに行くあてもない時、夫が酔っぱらい野郎に変貌すると、私はただひたすらリースを作り続けた。

夫の相手をしないように、心を落ち着かせるために、何かをして気を紛らわせるために、私は沢山のリースを作った。

 

季節や季節のイベントごとのリース、貝殻や綺麗な花をあしらったリースなど、どれも美しく、可愛く綺麗に仕上がっており、友人達にも好評だった。

でもこれらのリース達は、当時の私の、悲しみと苦しみの象徴である。

 

そして酔っぱらっても暴れたり物を壊したりすることがなかった夫からは、幸いにも、リースを壊されたことは一度もない。

 

美しく仕上がっているからこそ、私の目には悲しく映る。

当時のいろんな想いが、そのリース一つ一つに込められている。

 

リースをもらって下さった方々、ごめんなさい。

そのリースには、到底話すことのできなかった悲しいストーリーがあります。

 

私のリースは、悲しみと苦しみの象徴。

でも、辛く苦しい時にも、気をしっかり持って苦難を乗り越えていくんだという、そんな強さと希望の象徴でもあるのだと、最近そんなことを思い直してみた。

 

 

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アルコールに感謝してみる

もし夫がアルコール依存症から回復し、これから先、何年も何十年も、ずっと断酒を続けてくれたら、私はきっと、夫がアルコール依存症になってしまったことに感謝をするだろう。

 

何故なら、酔っぱらった夫の姿を、もう見なくて済むから。

あの醜態に、嫌な思いをせずに済むから。

 

昔の私は、夫の酔っぱらった姿に鈍感だった。

夫がどんなに非常識な行動を取っても、それがアルコールのせいだということに気付きもせず、彼の人間性に問題があるのだと思っていた。

 

私自身はアルコールを飲んで、非常識な行動を取ってしまったことはないし、せいぜい眠くなって寝てしまうだけだったので、アルコールが人格までをも変えてしまうことに、本当に鈍感だった。

そして、夫の数々の問題行動がアルコールのせいだとやっと気付いた時、夫は既にアルコール依存症になっていた。

 

今では、たとえ夫が酔っていなくても、夫がアルコールを飲んだことに、私はいち早く気付く。

今なら、夫の問題行動はアルコールによるものだと分かる。だから、それを見なくて済むのは、夫がアルコール依存症になって断酒せざるを得なくなったお陰であり、そのことに安堵している私がいる。

 

夫がアルコール依存症になって良かったことはただ一つ、夫がアルコールを飲めなくなったこと。そして断酒が続く限り、私は常にシラフの夫といられること。

 

アルコールに苦しめられ、アルコールに泣かされて来た私は、皮肉にも、アルコールのお陰で、今、少しずつ平穏な生活を取り戻せつつあるのだと思っている。

 

 

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断酒補助薬(ナルトレキソン or レグテクト)

夫は5年前、働きながらアルコール依存の断酒外来プログラムに通っていた。

連続飲酒はまだなく、飲むのは仕事から帰宅してからの、毎晩の一人家飲み。

世の普通のアルコール好きな人達がやっていることと同じことをしていた。

 

ただ、何度か離脱症状時にERに行かざるを得なかったことがあったため、夫は自らのアルコール問題を認識しており、意を決して断酒プログラムに通っていた。

 

そこで夫は、断酒補助薬にお世話になった。

Naltrexone/Vivitrol(ナルトレキソン)を服用で、そして注射で何度か投与してもらっていた。そのプログラムは半年程で終了したのだが、飲酒量は減ったものの、夫は完全にアルコールを絶つことができないまま、また徐々に元の酒飲みに戻って行った。

 

そして今、夫は再び断酒補助薬を服用することについて、少しずつ前向きになってくれている。

しかしながら、私の夫には変なところで自分の健康に気を使うところがあり、日本でのアルコール依存治療の主流である Acamprosate/Campral (レグテクト)の服用には拒否反応を示している。副作用を心配してのことだが、私からすると、夫がアルコール依存症であること以上に体に悪いことはないだろうと思う。

 

夫が前向きになってくれているのは、Naltrexoneを服用すること。

Naltrexoneは昔からある断酒補助薬で、Acamprosateより副作用が少ないということと、以前にも服用したことがあるため不安がないということ、そして、NaltrexoneもAcamprosateも、断酒の効果は同じくらいだと言われており、効果が同じなら副作用の少ないNaltrexoneがいい、ということで、やっと夫は断酒補助薬を服用することに前向きになってくれている。

 

ちなみにNaltrexoneは断酒補助薬として、アメリカでは一般の人にもよく知られている薬である。この薬はモルヒネに似た構造の化合物で、モルヒネなどのオピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害することで飲酒による快楽と飲酒欲求を抑えるものである。また、薬物依存者の断薬補助としても使われており、ギャンブル依存の軽減にも有効だと言われている。日本では未承認らしいのだが、Acamprosateより歴史は古い。

 

本当は、夫にはAcamprosateを服用して欲しいのだが、もう、何の薬でもいいから、とにかく回復の助けになることを取り入れて欲しいと思っている。

 

「Naltrexoneは、5年前は効かなかったんじゃないの?」と言う私に、夫は当時を振り返り、こう語る。「今思うと、あの頃は、本気で断酒に取り組んでいなかった。」

 

夫があの頃断酒の決意を固めていたのは本当だろう。ただ、その本気度は、今に比べると、まだまだ甘かったと思う。5年前と今とでは、状況が違い過ぎる。

それにしても、断酒したいと断酒に取り組み、5年以上経ってもまだこうしてアルコールと闘い、むしろ悪化して何度も何度も再発しているという事実に、この病気の回復の難しさを感じている。

 

夫の性格上、今すぐ行動に移してくれるわけではないと思うが、少しでもそういう風に夫が前向きになってくれると、私は平穏な気持ちになる。そして、微かながらも希望の光が見えて来る。

 

 

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