理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。

降りやまぬ雨

夫は3年程前に、友人をアルコールで亡くしている。

 

直接の死因は、禁止されていた、処方された薬を服用しながらアルコールを飲むということをしてしまったせいみたいなのだが、彼もアルコールに問題があり、アルコールがらみで内臓をやられ、それで亡くなったらしいのだ。夜、普通にベッドに入り、朝になったら冷たくなっていたらしい。

 

この友人は、朝からアルコールを飲んで出社したことで、会社から解雇されている。詳しくは知らないのだが、泥酔でもしていたのだろうか。またこの友人は、飲酒運転で警察に捕まり、法によって、アルコールの外来プログラムにも強制的に行かされていた。夫はこの彼のアルコール問題を、「もうしょうがない奴だなぁ~」と言って笑っていた。笑うと言っても彼のことを馬鹿にして笑っていたのではなく、悪友としての、友情のある笑いのことだ。

 

夫はこの時、既にアルコール依存症ではあったものの、まだ普通に会社勤めをしていて、周りからはアルコールの問題が見えないほどに、第一線で活躍していた。当然、この友人のように、朝からアルコールを飲んで出社するなどということはなかった。そういう夫は、この彼を見て、まだ自分はそこまで堕ちてはいないという気持ちになったことだろう。

 

恰幅の良かったこの友人は、亡くなる直前にはガイコツのようにやせ細っていたらしい。この彼が、今の夫のように重度のアルコール依存症だったのかどうかは分からないが、かなりの酒乱であり、彼のアルコール問題は深刻だったということは間違いない。

 

自分は大量にアルコールを飲むけれど、自分はまだ死ぬ直前の彼のようにガイコツみたいにはなっていないから、まだ死なないから大丈夫だ、と言っていた夫は、連続飲酒で食事が取れず、一時身体が痩せ細ってしまった時があった。このまま、あの彼のように眠ったまま亡くなってしまってもおかしくはない、という状態を何度も見てきた。

 

でも慣れというのは恐ろしいもので、そんな夫の姿を見ても、私は妙に落ち着いていた。どうせ離脱症状が終われば、また元気になるんだろう、そんな風に思っていたし、それは今でも変わらない。でも本当は、離脱症状こそが危なく、死に至ることがあるのだ。慣れということに甘えず、常に危機感を持っていなければならない、と改めて自分を戒める。

 

もし過去に、夫のアルコール依存症の進行を止めることができたとしたなら、それはこの友人の死がキッカケになっていただろう。夫がこの彼の死から学んだことは多かったはずだ。実際夫は、いつかこの彼のように、自分も早くにアルコールで亡くなってしまうのではと語っていた。

 

この彼と自分を照らし合わせ、自分も大量に飲むアルコールの害についていろいろ調べたはずだし、ガールフレンドとの間にできた小さな娘を残してこの世を去った彼に、夫は自分の姿を重ねたはずだ。

 

そして私もまた、このガールフレンドに自分の姿を重ねていた。

お葬式で私が彼女に悲しく挨拶をすると、彼女は涙を見せることなく、静かに私に微笑んだ。急なことで戸惑い、まだ気持ちの整理がついていなかったのかも知れない。そして、「悲しくはない。ただ、彼に対して怒りの気持ちがあるだけ。でも時間が経ったら、きっと悲しいっていう気持ちが芽生えて来ると思ってる。」と言っていた。

 

その気持ちはよく分かる。

私も夫の死を何度も想像したことがある。あれだけの飲酒量と離脱症状を見せられると、死が現実に思えてくるのだ。回復することにもっと積極的になってくれていたら!プライドを捨て、素直に周りのアドバイスを聞き、治療に専念してくれていたら!

そういう思いが、悲しみを超えて怒りとなる。

 

いや、想像などではなく、離脱症状で息ができないと苦しむ夫が弱っていき、実際に夫の意識がなくなって動かなくなったことが何度もある。慌てて大きく声をかけ、体を揺さぶって死んでいないということを確認しつつ、意識を取り戻させたりもした。

 

冗談などではなく、もしかしたら一度ぐらいは、呼吸が止まった夫を死の淵から呼び戻したことさえあるかも知れない。人がこんな状態になるのを実際に目にするのは、本当に恐ろしいことである。私にこんな思いまでさせ、ここまでしてアルコールで自分の体を痛めつける夫は、このままいくと、本当にその友人のような最期を遂げてしまうかも知れない。

 

この友人とガールフレンドは、結婚はしていなかったが、ずっと彼らは家族だった。彼と彼女と娘さんの3人暮らしで、彼らもまた、アルコール問題と闘って来たのだ。

 

私の夫はこの友人の死後、残された彼の娘さんのために、大学資金用の学資貯蓄のアカウントを作り、毎年彼女の誕生日に小額ながらお金を入れている。それが、彼のために、自分がしてあげられる唯一のことだから。

この家族の姿は、私達の将来の姿。

そんな思いが、夫の中にもあったのだと思う。

 

夫は、この彼の死から、自身のアルコール問題を真剣に考えてくれてはいた。でも悲しいかな、夫は既にアルコール依存症だったのである。

友人の死をもっても進行を止められなかった夫の病気は、その後、更に進行が進んで行き、その彼と同じような道を辿って、そして今に至っている。

 

アルコールをやめたいという、意志だけではもうどうにもならない病気、アルコール依存症。

夫は、私に何度も I’m sorryと言い、そっと涙を流す。

それでも、グラスを口に運ぶのはやめられない。

酔いながらも、「アルコールで死にたくない」と、また静かにひとすじの涙を拭う。

 

飲みたくないのは、もう充分分かってるよ。

飲みたくないのに、何か見えない大きな力によって操られているかの如く、ただただ、飲み続ける夫の姿が哀れで悲しい。

そして、夫も私も、アルコールの前では無力である。

床に不自然に倒れ込んで寝ている夫と、夫の側にあるウォッカのボトルを見て、今日も、私の心が泣いている。

 

 

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