理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。(2018年5月)

私のこと

私は何故、夫の病気のことを人に言えないのだろう?

 

私は昔から、自分のことを人にペラペラ話すのがあまり好きではなかった。

友人達だけではなく、それは親に対してもそうだった。

自分のことを話さないのは、きっとおとなしい性格のせいなのだろう。

 

今でこそオバチャンになってしまったが、若い頃はそれなりに綺麗な(?)お姉さんだったと思う。

20代の頃は、そこまでする必要もなかったお化粧と体のラインが強調される服装で着飾り、その見た目で「飲める子」だといろんな人に勘違いされ、かつ、見た目と性格のギャップに驚かれることもよくあった。

 

そう言えば、オバチャンになり、身なりが地味になった今でさえも、「飲める子」だと思われることは多い。だから、パーティで「飲めません」と言うと、今でもいろんな人に驚かれる。

 

友人達とグループでワイワイしていても、私はどちらかというと話題の中心ではなく、聞き役でいる方が多かった。特に悩みがあった時などは、仲の良かった友人にのみ、個人的に、一対一でしか話さなかった。

 

積極的で、上手に面白おかしく自分の話ができる友人を、私はいつも「すごいなー」と思っている。それが少し羨ましくもあり、でも自分にはやっぱり人に注目されながら自分のことを話す、というのは好んでできそうもない。

 

私が夫の病気について友人達に言えないでいるのは、そういう元々の性格のせいもあるのだろう。

 

でもそれは、一つの小さな理由に過ぎない。

 

私が夫の病気のことを友人達に言えないでいるわけは、ずばり、その病気が「アルコール依存症」だからである。

 

そもそも、アルコール依存症が病気だと認識している人は多くはないだろう。

 

友人達に話すとしたら、まずこの病気の誤解を解くことから始めなければならない。

そしてこの病気の怖さ、複雑さ、残酷さを分かってもらうことができて、初めて夫の病気を理解してもらえるのだと思う。

 

「アルコール依存症?ただのだらしないアル中なんでしょ?」

 

彼らの認識は、きっとその程度のものでしかないだろう。

 

だから、この病気の誤解を解きたい。

夫のために、少しでも夫の病気を理解してもらえるように、そして、おとなしくて自分のことをめったに語らない私の、「本当の私」と「私の生きざま」を知って欲しくて、それでここに『理不尽な病』を書き綴っている。

 

残念ながら、今はまだ友人達に告白できる心の準備はできていない。

興味本位で家の経済状況等を聞かれるのも嫌だ。

それに、自分の置かれている境遇があまりにも友人達とはかけ離れているため、孤独で秘密を抱えていることが辛くて、今は友人達の前で無理に笑顔で普通のフリをするよりも、一人で過ごすほうが心がラクだ。

でもいつか本当の私を知ってもらえたら、きっと、時折見せる今の不自然な態度も理解してもらえると思う。

 

私は両親にも夫の病気のことを隠している。

でもそれは、彼らに余計な心配をかけたくないからである。正直に話したところで、彼らに眠れない日々を送らせてしまうだけ。自分たちの言葉が通じない遠い異国の地で娘が苦しんでいても、それに対して何もできない親、という風に、両親に苦しんで欲しくない。

 

だから、両親に夫の病気のことはこれからも一切言うつもりはない。

私の苦悩を悲しんで欲しくはない。

 

娘はアメリカで元気で幸せに暮らしている、そう思ってくれたら私は嬉しい。

 

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