理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。

Insanity (狂気の沙汰)

アルコール依存症の夫と共に暮らしていると、時折どっと疲れが押し寄せて来る。

 

やるせない気持ちに、絶望的になる。

投げやりになり、暴言を吐いてしまう。

怒鳴り過ぎて、声が枯れる。

関わるだけで、気が狂いそうになる。

 

アルコール依存症の夫に、私の立場や苦悩なんて、到底分からないだろう。

夫は「アルコール依存症」という病に、そして私は「アルコール依存症の家族」という病にどっぷりと浸かってしまっている。

 

家族の中にアルコール依存症者がいるとどんな暮らしになるのか、きっと経験者以外には誰も想像はつかないだろう。

誰もが容易に思い浮かべられるような、酔っ払っての暴言や暴力、そんな目に見えるような簡単で単純なものじゃない。

 

その日々は理不尽で不条理極まりない言動の対応にあけくれ、神経をすり減らしていく中で、避けることができたはずの死への恐怖と常に直面させられる。

裏切りと失望の連続は憎しみを生み、もっと精神的で、マインドゲーム的な複雑な要素と感情が入り混じり、アルコール依存症の家族の人格までをも破壊させる、世の常識が全く通じない狂気の世界。

 

私は時々自分が怖くなる。

どうにか理性を保ち、夫を身体的に攻撃することだけは抑えている。

それでも怒りの感情が頂点に達し、夫憎さのあまりに、もし夫を刺してしまうようなことがあったとしたなら、それは間違いなく一回の刺し傷だけでは済まなかっただろう。

そんな恐ろしい妄想がイメージトレーニングのように私の中に定着してしまわないよう、私は意識して理性を保つようにしている。

 

夫のために自分が犯罪者になってしまうことだけは、どうしても避けなければならないこと。

特にDVに厳しいアメリカでは、感情に任せて相手をひっぱたくことさえはばかられる。(それがなければ、夫を何百発ひっぱたいても足りなかっただろう。)

 

夫は飲むだけ飲んで自堕落な生活を続け、どん底まで堕ちていけばいい。

でも私は、夫のように堕ちて行くわけにはいかない。

 

私には娘がいるから。

娘を育てていかなければならないから。

 

堕ちてしまった父親の分を補うかのように、私は母親として、娘に普通の暮らしをさせなければならない。

そういう使命が、私に理性を持ち続けさせる。

 

それでも私は夫に、時折、つい暴言を吐いてしまう。

私は夫を恐れてはいない。

ここにはとても書けないようなこと、人格を疑われてしまいそうなこと、そんな暴言を平気で夫に吐き、やり場のない怒りの感情をぶつける。たとえ酔っ払い相手には無意味な行為であろうとも、誰か(たとえそれが廃人であっても)に自分の感情をぶつけて解放させることは、私には必要なことである。そういう、感情を押し殺さない、ということをすることにより、私はかろうじて夫を刺さないでいられるのかも知れない。

 

思えば、夫も私も感受性が強過ぎるが故に、相手の傷つけ方を熟知しているのだ。

どう言えば最高レベルに相手が傷つくか、お互い分かっているのである。

 

そんな激しいバトルでお互いを傷つけ合い、これが一度は愛し合った夫婦なのかと思ってしまうほどの修羅場を展開させ、心身共に憔悴する。

 

余談ではあるのだが、そんな修羅場を繰り広げても、ちょっと時間を置いて冷静になると、結構普通に仲直りしてしまうものである。それは夫が酔っぱらって記憶をなくしているから、ということではなく、元々のシラフでの夫が、「根に持たない」、「尾を引かない」、「後々まで引きずらない」、というめでたい性格の持ち主だということが関係しているのだと思う。

 

そういう意味では、娘も夫と同じく、「根に持たない」、「尾を引かない」、「後々まで引きずらない」、という性格である。そして私はその真逆の、「根に持つ」、「尾を引く」、「後々まで引きずる」、という性格であり、物事をハッキリと決着させたいという、真面目で正義感に溢れた面倒くさい性格であるから、時にそんな夫の、「ケンカしちゃったけど、まぁいいじゃないか~」という緩い感覚にありがたく(?)助けられて、これ以上の修羅場にはならないのかも知れない。

 

壮絶なバトルなんてしていなかったかのように、普通に笑顔で話しかけてくる夫にイライラさせられつつも、冷静になってきた私にとっては、そういう夫の緩くて根に持たない性格には、かえって救われているのかも知れない。

 

話はそれたが、ここで言わんとしていたことは、おとなしくて人との争いを好まない私が、夫には普通に暴言を吐いてしまうということ。

そして、意識して理性を抑えているからこそ、夫を身体的に傷つけないでいられている、ということ。

 

夫を刺すだなんて物騒なことを書いてしまい、さぞかし恐ろしい女だと思われたかも知れないが、長年アルコール依存症に関わっていると、ここまで追い詰められて心が病んでしまうものなんだ、という極端な例としてあげました。

 

もちろん私は常識人であり、人の道に外れたことをするつもりはさらさらない。

 

ただ、よくTVのニュース等で流れたりする、家族間での怨恨や絶望から引き起こされた恐ろしい犯罪(例えば、介護疲れによる殺人や、ひきこもりである成人した子供を親が殺めてしまう、等)や、「あの人がこんなことをするはずがない!」と周りから驚かれたりする犯人の心情について、普通の人には理解できないであろうことが、私には理解できてしまったりすることがあり(その犯罪の内容にもよるのだが)、そこまで感情移入できてしまうほどの、自分が背負っている苦悩の根深さというものは感じている。

 

そう思うと、アルコール依存症に限らず、家族の中に病気の人、特に精神疾患を抱えている人がいるということは、どんな病気の家族でも、それぞれに壮絶な日々に苦悩し、心が壊れてしまうことがあるのだ、とやるせなくなる。

 

私は本来、こんな人間ではなかった。

狂気や憎しみなんて、私には無縁だった。

 

夫が徐々にアルコール依存症になっていったにつれ、私もまた、徐々に、私が私ではなくなっていった。

 

 

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降りやまぬ雨

夫は3年程前に、友人をアルコールで亡くしている。

 

直接の死因は、禁止されていた、処方された薬を服用しながらアルコールを飲むということをしてしまったせいみたいなのだが、彼もアルコールに問題があり、アルコールがらみで内臓をやられ、それで亡くなったらしいのだ。夜、普通にベッドに入り、朝になったら冷たくなっていたらしい。

 

この友人は、朝からアルコールを飲んで出社したことで、会社から解雇されている。詳しくは知らないのだが、泥酔でもしていたのだろうか。またこの友人は、飲酒運転で警察に捕まり、法によって、アルコールの外来プログラムにも強制的に行かされていた。夫はこの彼のアルコール問題を、「もうしょうがない奴だなぁ~」と言って笑っていた。笑うと言っても彼のことを馬鹿にして笑っていたのではなく、悪友としての、友情のある笑いのことだ。

 

夫はこの時、既にアルコール依存症ではあったものの、まだ普通に会社勤めをしていて、周りからはアルコールの問題が見えないほどに、第一線で活躍していた。当然、この友人のように、朝からアルコールを飲んで出社するなどということはなかった。そういう夫は、この彼を見て、まだ自分はそこまで堕ちてはいないという気持ちになったことだろう。

 

恰幅の良かったこの友人は、亡くなる直前にはガイコツのようにやせ細っていたらしい。この彼が、今の夫のように重度のアルコール依存症だったのかどうかは分からないが、かなりの酒乱であり、彼のアルコール問題は深刻だったということは間違いない。

 

自分は大量にアルコールを飲むけれど、自分はまだ死ぬ直前の彼のようにガイコツみたいにはなっていないから、まだ死なないから大丈夫だ、と言っていた夫は、連続飲酒で食事が取れず、一時身体が痩せ細ってしまった時があった。このまま、あの彼のように眠ったまま亡くなってしまってもおかしくはない、という状態を何度も見てきた。

 

でも慣れというのは恐ろしいもので、そんな夫の姿を見ても、私は妙に落ち着いていた。どうせ離脱症状が終われば、また元気になるんだろう、そんな風に思っていたし、それは今でも変わらない。でも本当は、離脱症状こそが危なく、死に至ることがあるのだ。慣れということに甘えず、常に危機感を持っていなければならない、と改めて自分を戒める。

 

もし過去に、夫のアルコール依存症の進行を止めることができたとしたなら、それはこの友人の死がキッカケになっていただろう。夫がこの彼の死から学んだことは多かったはずだ。実際夫は、いつかこの彼のように、自分も早くにアルコールで亡くなってしまうのではと語っていた。

 

この彼と自分を照らし合わせ、自分も大量に飲むアルコールの害についていろいろ調べたはずだし、ガールフレンドとの間にできた小さな娘を残してこの世を去った彼に、夫は自分の姿を重ねたはずだ。

 

そして私もまた、このガールフレンドに自分の姿を重ねていた。

お葬式で私が彼女に悲しく挨拶をすると、彼女は涙を見せることなく、静かに私に微笑んだ。急なことで戸惑い、まだ気持ちの整理がついていなかったのかも知れない。そして、「悲しくはない。ただ、彼に対して怒りの気持ちがあるだけ。でも時間が経ったら、きっと悲しいっていう気持ちが芽生えて来ると思ってる。」と言っていた。

 

その気持ちはよく分かる。

私も夫の死を何度も想像したことがある。あれだけの飲酒量と離脱症状を見せられると、死が現実に思えてくるのだ。回復することにもっと積極的になってくれていたら!プライドを捨て、素直に周りのアドバイスを聞き、治療に専念してくれていたら!

そういう思いが、悲しみを超えて怒りとなる。

 

いや、想像などではなく、離脱症状で息ができないと苦しむ夫が弱っていき、実際に夫の意識がなくなって動かなくなったことが何度もある。慌てて大きく声をかけ、体を揺さぶって死んでいないということを確認しつつ、意識を取り戻させたりもした。

 

冗談などではなく、もしかしたら一度ぐらいは、呼吸が止まった夫を死の淵から呼び戻したことさえあるかも知れない。人がこんな状態になるのを実際に目にするのは、本当に恐ろしいことである。私にこんな思いまでさせ、ここまでしてアルコールで自分の体を痛めつける夫は、このままいくと、本当にその友人のような最期を遂げてしまうかも知れない。

 

この友人とガールフレンドは、結婚はしていなかったが、ずっと彼らは家族だった。彼と彼女と娘さんの3人暮らしで、彼らもまた、アルコール問題と闘って来たのだ。

 

私の夫はこの友人の死後、残された彼の娘さんのために、大学資金用の学資貯蓄のアカウントを作り、毎年彼女の誕生日に小額ながらお金を入れている。それが、彼のために、自分がしてあげられる唯一のことだから。

この家族の姿は、私達の将来の姿。

そんな思いが、夫の中にもあったのだと思う。

 

夫は、この彼の死から、自身のアルコール問題を真剣に考えてくれてはいた。でも悲しいかな、夫は既にアルコール依存症だったのである。

友人の死をもっても進行を止められなかった夫の病気は、その後、更に進行が進んで行き、その彼と同じような道を辿って、そして今に至っている。

 

アルコールをやめたいという、意志だけではもうどうにもならない病気、アルコール依存症。

夫は、私に何度も I’m sorryと言い、そっと涙を流す。

それでも、グラスを口に運ぶのはやめられない。

酔いながらも、「アルコールで死にたくない」と、また静かにひとすじの涙を拭う。

 

飲みたくないのは、もう充分分かってるよ。

飲みたくないのに、何か見えない大きな力によって操られているかの如く、ただただ、飲み続ける夫の姿が哀れで悲しい。

そして、夫も私も、アルコールの前では無力である。

床に不自然に倒れ込んで寝ている夫と、夫の側にあるウォッカのボトルを見て、今日も、私の心が泣いている。

 

 

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NO REGRETS (後悔はしていない)

アルコール依存症は進行性の病気である。

長い時間をかけて、徐々に、ゆっくりと身体を蝕んでいく。

夫は十代の頃から、約20年間アルコールを飲み続けている。

夫がアルコールで変貌し始めたのが約10年前。

当時の私は、酔った夫のことを、酒癖が悪くてもう嫌だなー、というぐらいにしか思っていなかった。

 

アルコールを飲み過ぎない方がいいということは何となく分かってはいたが、何せ私は自分では飲まないので、夫の飲酒量を異常だとは思ってもおらず、あまり関心も持っていなかった。

 

夫がアルコール依存症という恐ろしい病気になってしまうと分かっていたなら、もっと早い段階で休肝日を設けるなり、飲酒量を減らすなりのアドバイスはしていただろう。でもアルコール依存症になってしまったのは結果論であり、どんなに酒豪でも、アルコール依存症にならない人もいるのだ。

 

たとえ私が早い段階で夫に節酒するよう促していたとしても、夫は節酒することなどなかっただろう。夫は、人の言うことに全く耳を貸さないのだ。

 

だから、私は自分のことを責めてはいない。

夫がアルコール依存症になってしまったのは夫の自己責任であり、私にできることなど、何もなかったのだ。

 

強いて言えば、夫にちゃんと、自分が飲むアルコールの害について勉強して欲しかった。

私の言うことなど何も聞かないにしても、自分で見つけた答えには、彼は素直に納得するのだ。

 

夫は、節酒して来なかったことについては何も語らない。

What’s done is done.

過ぎてしまったことは、もう仕方ない。

 

ただ、これからの人生、もう二度とアルコールは飲みたくないと夫は強く主張する。

 

その気持ちに身体が追い付き、依存から抜け出して早く普通の生活に戻れるよう、今は夫も私も、前を向いて生きて行きたい。

 

 

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アルコールと私

愛と憎しみは紙一重と言えど、私のアルコールに対する憎しみが愛に変わることは決してない。いや、というより、もともと愛があったものが憎しみに変わったという、まさに結果として紙一重状態だったということなのかも知れない。若い頃の私は、確かにアルコールがある場所が好きだったのだ。

 

飲みたかったから飲んでいたのではなく、その場の雰囲気に馴染みたくて、「大人」であることを感じていたくて、背伸びをして周りに合わせて飲んでいたような気がする。

 

そんなに頻繁に行っていたわけではないが、たまにバーやクラブ、居酒屋などでアルコールを飲み、「あれ?私って、実はアルコールに弱いの?」と徐々に気付いてきたあの頃。一杯飲んだだけで心臓がドキドキし、顔が真っ赤になり、寒気で身体が震え、周りがワイワイ騒いでいる中で、早くも一人で酔っ払って寝てしまう。だからその一杯を、自分がつぶれないように、時間をかけてチビチビと飲む。そして大抵は全部飲めずに残してしまう。頑張って飲んだ末に、急性アルコール中毒になりそうな時もあった。それでも、アルコールがある場所の雰囲気が好きだったから、あの頃はそこに自分の身を置くだけで楽しかった。

 

好んで飲んだのは、カルアミルク、ホワイトルシアン、ピニャコラーダ、スクリュードライバー、ラムコーク、ウーロンハイ、杏露酒、レモンサワー、と、書いていて気付いたのだが、甘いカクテルが好きだったようだ。

 

カルアミルクは、自分でボトルを購入して家で飲んだりしていた。自分で作る方が、自分好みの美味しいカルアミルクができるからだ。レシピは、カルーアをほんの少しだけグラスの底に注ぎ、あとはタップリとミルクを投入。ちょっとアルコールの味がする、甘いコーヒー牛乳のような感覚で飲んでいた。

 

ビールが美味しいと普段は思わないのだが、それでも、人生で一度だけ、「ビール美味しい!」と感じた時があった。真夏の暑い夜、仕事の残業の帰りに、仲の良かった上司と、サラリーマン達がひしめく新橋のオヤジ的飲み屋でビールを飲んだあの瞬間、あれは本当に美味しかった!真夏に汗をかきながら、残業でクタクタになって疲れた体に、よく冷えたビールをカーッと流し込む。やっとみんなが言うビールの美味しさというものが分かった気がして、とても嬉しくなった。でもビールが美味しいと感じたのは、後にも先にも、あの時だけだった。

 

話は戻るが、あの頃の私は、「夫が好んで飲むウォッカ」をベースとしたカクテルを飲んでいた。いや、無理して頑張って飲んでいた、と言うべきであろうか。本来の私は、アルコールが飲めないのだ。

 

バーやクラブへ行っても、アルコールを飲みたくなかったからお水を注文し、最初から最後までずーっとお水だけを飲んでいた時もあった。そこまでして周りのアルコールの雰囲気に酔いたかった私は、まさか将来こんなにアルコールを憎み、アルコールに悩まされる日々を送ることになるとは思ってもみなかった。

 

今は夫のウォッカの匂いを嗅ぐだけで心がかき乱される。その匂いによって、私の脳までもがダメージを受けているように感じ、何とも言えない、目眩がしそうな程の不快な気持ちになる。

 

再飲酒の疑いがある時などは、とりあえず白黒ハッキリさせるために夫のドリンクを口に含んで確認してみるのだが、そんな疑いがある時はほぼ確実にウォッカが入っているので、飲み込むことなくすぐに吐き出す。

 

口に含んだだけで舌と脳にツーンと刺激が伝わるこのハードドラッグに、私の身体までもが蝕まれないよう、絶対に飲み込んだりはしない。でも、すぐによくうがいをしても、ウォッカの毒が私の舌から脳へと伝わり、頭がクラクラする。

 

私の中ではアルコール依存症 (Alcoholic / Alcohol Addiction)という言葉とウォッカの匂いがパブロフの犬のようにワンセットになっており、アルコール依存症だと言われる海外の俳優達の顔を見るだけで、こんなことを感じてしまうのは重症かも知れないが、彼らの身体から漂うハードリカー、特にウォッカの匂いが容易に想像できてしまい、彼らの顔を見るだけで心がざわついておぞましくなる。

 

日本人でもなく、白人の俳優に対してこのような気持ちになるのは、夫と同じ人種で重なりやすいからなのだろう。

 

特に、「〇賊」のお召し物がよく似合うあのハリウッド俳優は、見るからに長年の酒飲みの顔つきをしているので、画像からハードリカーの匂いが漂ってきそうで、おぞましくて、ゾワッとして、鳥肌が立ちそうになる。

 

ウォッカに限らず、もうアルコール全般の匂いが嫌だ。

アルコールを見るのも嫌だ。

人が飲んでいるところを見るのも嫌だ。

 

でも、矛盾しているかも知れないが、楽しく飲んでいる私の友人達に対しては、嫌だと言う気持ちは起きない。いくらアルコールが恐ろしいハードドラッグだと言えど、飲酒は合法なのだ。楽しく飲んでいるなら、それはそれでいいのです。ただ、私には私の事情があるので、皮肉ではなく、みんなは飲んで楽しんでネ!と思っています。

 

みんなが楽しいと私も楽しい。

ただ、私もみんなと一緒になってアルコールを飲むということは、もう、金輪際、ない。

 

 

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せつない想い

私の夫はよく嘘をつく。

正確に言うと、アルコール依存症という病気がつかせる嘘のことであり、飲んでいるのに「飲んでない」という嘘のことである。

 

それが嘘だということは一目瞭然なのに、何でこう、何度も何度も繰り返し分かりやすい嘘をつき続けるのだろうか。その嘘でこの私を騙せるわけがないのに、夫は懲りもせず、毎回「飲んでない」と飲酒したことを否定する。

 

仮に、たとえ最初は私を騙せたとしても、飲むにつれて酔いが顕著になっていき、いづれはバレるのだから、どうせ飲んでいるなら自分の口から「飲んだ」と告白された方が私の気持ちはまだ平静でいられる。そのことを夫に訴え続けて早や数年、最近になってやっと夫は、「飲んでない、と嘘をつくより、正直に飲んだことを話した方がいい」ということを学んできたようだ。

 

今の夫の小さな目標。

 

『嘘をつかないこと』

 

「飲まないこと」ではなく、飲んでしまったことを前提とした、「飲んでいない、という嘘をつかないこと」という目標が、夫の病気の、今の過酷な現状を物語っているようだ。

AAに行っているからといって、夫の飲酒はそう簡単には止まらないのだ。

 

夫はこの「嘘をつかない」という誓いをかみしめるように私に訴えかけ、そして私はそれを「そうだね」と静かに聞く。夫の言うことをいちいち真剣に受け止めることは、もうとっくにやめている。いつかまた嘘をつかれた時に私の心が傷つかないように、私は感情を抑えるということで自己防衛している。

 

また、飲んでいる最中に夫は、「今のボトルが終わったら、もう次のボトルが買えないように、車の鍵と財布を預かっていて!」と決意を固めて私に協力を求める時がある。

昔はそれで良かれと思って、頼まれるがまま預かっていたものだが、結局泥酔時に「お前が隠した!」と理不尽な言いがかりをつけられるのは容易に想像できるから、酔ってる最中の夫の提案である、「夫の持ち物を預かるということ」に対しての私の返答は、「No」である。(但し、シラフの時の頼みであれば、これに限らない。)

 

車の鍵と財布を持っているが故にアルコールを買いに行ってしまったのなら、それはもう仕方ない。車の鍵がなかったら歩いて買いに行くだけだし、財布がなかったのなら、最悪盗んででも手に入れることはできるのである。(幸い、そのようなことはまだ一度もないのだが。)だから、夫の持ち物を預かることに意味があるとは思っていない。むしろ、預かったことにより生じるトラブルを避けるために、私は酔っぱらった時の夫の話は聞かないようにしている。

 

「嘘をつかないこと」という決意や、「持ち物を預かってもらう」という提案。

ああ、夫も飲酒をやめたくてもやめられなくて苦しんでいるんだ・・・と、少しせつなくなる。

夫なりに、今の自分に何ができるのか、アルコールでダメージを受けた脳を駆使し、一生懸命に模索しているようだ。それが哀れで悲しくもあり、また愛おしくもある。

 

アルコール依存症に関わるといろんな感情が入り乱れ、愛と憎しみでいっぱいになる。

愛と憎しみは紙一重という言葉があるが、本当にそうなのだとリアルに実感しています。

 

 

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普通の幸せ

普通であることがどんなに幸せなことなのか、普通の人にはきっと分からないだろう。

 

普通であるが故にその幸せに気付かず、普通でなく優れているからこそいいのだと、そういう価値観の中にいることが苦しくなってきた。

 

私にとっての幸せとは、普通で何気ない平和な日常。

 

それはアルコール依存症に限らず、心や身体の健康を損なった人達、または今まで当たり前のようにあった物質的なものを失った人達なら、きっと誰もがこの気持ちを分かってくれるだろう。

 

失って初めて気付いた普通の幸せ。

 

そんな当たり前だった幸せが、徐々に、緩やかに、何処かへ消えてしまった。

 

 

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娘のこと

私の娘にとって、何が一番いいのだろうか?

 

夫と離婚すること?

それとも、このまま家族で一緒に暮らすこと?

 

彼女はアルコール依存症のいる普通でない家庭、異常な環境で育っているという割には、そんな暗い影を見せることもなく、無邪気で明るく、社交的で、いつも楽しそうで沢山の友達に囲まれ、心も見た目もまるっきりアメリカンな女の子である。

 

これは、夫がアルコール依存症と言えど、私も娘も、夫から身体的な酷い暴力を一度も受けたことがない、または、夫は泥酔しても暴れたりしない、ということが少しは助けになっているのかも知れない。

この際、夫の酷い暴言と意味不明に絡んで来られる精神的苦痛は、そういう身体的な暴力とその痛みに比べたらまだマシだと思い、アルコール依存症で泥酔しても暴力を振るわない、そして泥酔しても、そういう一線を越えてはならないという理性が少なからず働いている、という夫の根本的な人格に感謝さえした方がいいのかも知れない。

 

果たして、酔っ払いに理性が存在しているのか不明瞭ではあるのだが、アルコール依存症の酔っ払いでありながら暴力を振るわない、というのは、もしかしたらまだ救われているケースなのかも知れない。ただ、やはり泥酔時の夫の暴言というのは酷いもので、そういう言葉をずっと娘に聞かせてきたことは許しがたいことである。

 

娘は赤ちゃんの頃は全く手がかからない、とても育てやすい子だった。

幼少時代も活発で素直で可愛く、泣いたり嫌なことがあっても後に引きずらず、ケロッとしてまた笑っているような、そんな扱いやすい子だった。

 

そして昔から、担任の先生達から彼女の性格について、よくお褒め頂いていた。

「娘にするなら、彼女のような子ヨ!」と言ってくれた人までいた。

 

そんな彼女もだんだんと性格が形成されていき、いつの頃からか、みんなからの変わらない彼女へのお褒めの言葉に、私は戸惑うようになった。

私が知る彼女と、周りから聞く評判のいい彼女に、大きな違いがあるからだ。

 

娘の今の性格。

私から見た娘は、とても頑固で気難しく、反抗的で私に口答えしかしない。

親子だから、きっと甘えがあるのかも知れない。

私も母に対してそうだった。

友達と喧嘩もせず、常に穏やかで物分かりのいい子を演じ(?)ていた私にとって、母だけが唯一、本音で自分のストレスをぶつけられる存在だった。

だから、娘に反抗的な態度を取られても、娘の心情は理解しているつもりである。

 

そんな娘も、きっと母親の私に対しては反抗的な態度を取るものの、友達や他の大人達に対しては、それなりに分別のある態度で接しているのかも知れない。

 

それにしても、娘は小さい頃とは雲泥の差で、扱いが難しい。(・・・と私は思っている。)

ティーンエイジャーだからそんな時期で仕方ないとは思っているのだが、彼女の頑固さと気難しさは、マサに夫のDNAである。(頑固さは、私のDNAも入って倍増しているようだ。)

 

我が愛娘、13歳。

あの素直で可愛らしかった娘の性格は、残念なことに夫似だった、という風に確立してきてしまった。

 

そして性格が夫に似ている彼女は、夫ととても仲がいい。

昔からよく、「父&娘 vs 母」という風に意見が分かれてバトルが繰り広げられ、私は夫と仲がいい娘に嫉妬さえしていたことがある。

娘にとって夫は、父親というより、兄のように近い存在なのだろうと思っている。

そもそも、夫自体が子供で、ティーンエイジャーみたいなものである。

 

さてこの我が娘、問題がないように見えても、実は娘はアルコール依存症の父親のことで何か問題を抱えているかも知れない。それは、別に彼女に問題行動があったとかそのようなことではないのだが、アルコール依存症と日々関わる上で、彼女も相当のストレスを抱えているに違いないからだ。

カウンセラーに行くように説得したこともあるのだが、「カウンセラーは効かない!意味がない!自分には必要ない!」と断固として拒否する。

・・・どこかで聞いたセリフである。

 

義父母によく聞かされていた。

「息子がティーンの頃は、本当に大変だった!」と。

夫は子供の頃から扱いが難しかったらしいのである。

 

そしてそれを引き継いでしまった娘。

親子なのだから仕方はないのだが、性格はせめて私に似て欲しかった。

 

いや、性格がどちらに似るかは、アルコールに関するDNAに比べたら重要なことではないのかも知れない。

将来娘が父親に似て大酒飲みになりアルコール依存症になってしまうのか、それとも母親の私に似てアルコールを全く受け付けない体なのか、今の時点では知る術がない。

 

ただ、父親の姿を反面教師にして、アルコールから距離を置いてくれるような生活をして欲しいと願っている。

 

私と娘の喧嘩は日常茶飯事であり、毎日何らかのことでお互い言い合いをしている。

ただ、それでも彼女はいつも、私に「ありがとう」と言うのを忘れない。

 

どんなに喧嘩をしていても、たとえ喧嘩の真っ最中であっても、私に何かをしてもらったら、必ず「ありがとう」と言ってくれる。

それは私の誇りであり、どんなに私に反抗的でも、娘は、根はやっぱり素直でいい子なんだと私は嬉しくなる。

 

この夏の日本への里帰りで、両親との別れの際に目を潤ませていた私を見て、娘も目を潤ませていた。それは、娘が小さい時からそうだった。両親との別れで涙を流している私を見て、小さかった娘は、ワケも分からず声を上げて号泣した。お母さんが泣いているから、自分も悲しくなったのだろう。そういう娘は、昔から私の心情に敏感だった気がする。私が夫のアルコール依存症で苦しんでいる時、娘も私と同じように苦しんでいるのだと思う。

 

今は反抗期の娘ではあるが、娘が大人になった時、私は娘と仲がいい母娘になれるような気がしている。

 

そういうわけで、今のところ彼女にアルコール依存症がいる家庭で育ったという、目立っておかしいところは見受けられない。

一緒に暮らしているから、私の娘だから近過ぎて見えないのかも知れないが、彼女は自分の父親の病気を理解し、そしてそれでも父親を愛し、私と一緒に闘ってくれている。

 

・・・・・!?

 

・・・やっぱり離婚した方がいいのだろうか・・・?

 

娘にこんな不必要な重荷を背負わせ、異常な生活を強いているのは、私のエゴなのだろうか・・・?

 

娘にとって何が一番いいのか答えは分からないが、何かあれば、もちろん夫ではなく娘を取る覚悟で、これからの娘の幸せを一番に考えていきたい。

 

そしてその上で、やはり離婚するのが娘にとって最善の方法であるならば、私はいつか、その決断をしなければならないであろう。

 

 

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