理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。(2018年5月)

私にできること

夫のアルコール依存症による苦難を乗り越えてきたからこその、今の私にできることを考えてみた。

 

『今の状態を当たり前だと思わず、いつかまた夫はスリップ(再飲酒)するものだと心の片隅で覚悟を決める』

何十年と断酒が続いている人でも、一杯飲んだだけで脳にスイッチが入り、地獄の日々に戻ってしまう。その一杯のきっかけって、きっと他愛も無いことなのだと思う。「断酒が続いてるし、飲酒欲求もない。今なら、飲んでも普通の人達のように、飲酒をコントロールできるんじゃないか?」という気持ちや、飲んでいる人からの「たまには一緒に飲みましょうよー、大丈夫ですよー、一杯ぐらい!」という誘い。そんな風に、これから先、魔が差すことがないとは言い切れない。だから、その時になって失望することのないよう、その時を受け入れる心の準備をしておく。

 

『仕事を続ける』

夫が再飲酒をし、いつまた仕事を失ってもいいように、私は今の仕事を辞めずに続けていく。少なくとも65歳までは働きたい。それ以降も体力や頭がついてくるなら、働けるうちは頑張って働こうと思う。

 

『夫の医療保険は、私の会社のものをキープする』

日本のような国民健康保険がないアメリカでは、たいてい正社員のベネフィットとして、雇用先の会社が契約している医療保険に入ることができる。会社によって保険料の本人の負担額は異なるし、私も夫の会社の自己負担額等はよく知らないのだが、夫は自分の会社の医療保険に本人として入る方が、私の会社の医療保険に家族として入るよりは、自己負担額は少ないはずである。でも、私は夫と娘を自分の家族として、私の会社の医療保険に入れている。

夫の病気が再発し、いつ失業しても困らないように。

 

仮に夫が自分の会社の医療保険に入っていたとして、もしまた仕事を失うことがあれば、私の保険に入れ直さなければならない。そして夫が新しい仕事を見つけたら、また私の保険から抜いて自分の会社の保険に入り、そしてまた失業したらまた私の保険に入れて・・・。当然、その都度、私の会社の担当者にその手続きをしてもらわなければならない。そのような面倒なことをしたくないから、もう最初からずっと私の会社の保険に入れたままにする方が、余計な手間がかからなくていいと私は思っている。

 

『自立し、経済的に夫に頼らない』

夫婦なのだから自立も何も、という感じなのだが、自分でできることは自分でして、夫に経済的、精神的な負担をかけない。これは、夫に余計なストレスを与えないためでもある。

 

『夫にストレスを与えない。夫への小言を最小限にするよう、”努力”する』

馴れ合いになっていると、つい何でも口走ってしまい、喧嘩に発展してしまうものだが、私は私の正義感を封印し、おおらかな気持ちで夫に接したいと思う。

 

『夫に優しくし、愛を与える』

こちらも、努力します。

 

『私にとって楽しいことをする。私もストレスを溜めない』

沢山カラオケパーティをして、日本にも定期的に帰りたい。

 

『一生懸命頑張り過ぎない』

仕事は頑張る。でも、家事は手抜きをさせて下さい。

疲れた私でいたら、きっとイライラして夫に当たってしまうから。

 

『日常生活でアルコールの話は持ち出さない。でも断酒が続いていたら、記念日にはお祝いをしてあげる』

何もわざわざ、あの地獄の日々の元凶であるアルコールの話をすることはないと思う。止まっていた飲酒欲求が出てきて、寝た子を起こしたくもない。だから、夫にアルコールの話はしない。これは、夫にはAAは合わなかったということにも関係している。AAに行ってアルコールの話を聞くたびに、夫は飲酒欲求が出て再飲酒していた。AAや自助会、合う人には合うのだろうが、夫は、むしろアルコールとは関係のないことに没頭することによって、アルコールから遠ざかっている。

 

『夫がスリップしても責めない』

いつか起こるかもしれない再飲酒。それを知った時の私がどうなるか想像するのも怖いのだが、怒鳴りつけて責めることだけはしないようにしたいと思う。

 

『アルコール依存症の恐ろしさと、その当事者や家族の苦しみ、悲しみを伝えていく』

アルコール依存症は、飲酒している人なら誰もがなり得る脳の病気で、だらしがないからなるのではない。アルコール依存症の人は、飲みたいから飲んでいるのではないし、飲みたくないのに、自分の意志に反して飲まされている状態。止めたいのに、止められない状態。そこに意思の強さなどは関係なく、脳がアルコールにハイジャックされた状態。その作用は凄まじく、暴言、暴力が伴うこともあり、末期になると普通の生活ができなくなり、廃人になる。人によっては排泄物の垂れ流し、歩くことさえままならない。幻覚、幻聴が起きる。飲んで寝て飲んで寝て・・・を繰り返す連続飲酒。食事さえ受け付けずにやせ細っていき、そのまま死んでもおかしくない状態になる。脳は萎縮し、離脱症状やアルコール性てんかんによる生命の危機。底付きを経験してもなお、病院に行くことを拒否し、例え入院にまでこぎつけたとしても、退院後には高確率で再飲酒する。仕事、信用、健康、家族、お金、全てを失う。家族は病み、孤立し、世間でいうところの常識とはかけ離れた対応をしなければならない。希望のない、憎しみと絶望の日々。この世の地獄。こんな日々が続くなら、いっそのことこのまま死んで欲しいとさえ思ってしまう。そうすれば相手も自分も、この苦しみを終わらせることができるから。そのようなことを家族に思わせてしまうこの病気は、完治することはない。何十年と断酒が続いていても、一杯のアルコールで逆戻り。アルコール依存症という脳の病気なのに、周りからは蔑ずまれ、見下され、決して気遣いや同情をされることもない。沢山の誤解が世間にあるアルコール依存症。

 

こんな病気に、なりたくてなった人は誰もいない。

少しの知識があれば、ここまでにはならなかっただろう。

だから、アルコール依存症の恐ろしさを、そしてそれにより生まれる多くの苦しみと悲しみを、私の経験を通じて伝えていきたい。

 

これが、今の私にできることだと思っている。

 

 

 

酔っ払いへの先入観

世間の、アルコール依存症者への誤解や蔑みが悔しくて悲しかった。

でも、実は私の方こそ、酔っ払いを見下していたんじゃないか、と何年も経って気付かされた出来事があった。(酔っ払い、という言葉を使うこと自体、見下しているみたいなのだが。)

 

私は友人に夫のアルコール依存症を告白する時、一緒にある動画を見せることがある。

それは、いつか何かの証拠に、と隠し撮りをしていた、酔っ払って呂律の回らない、夫の私への暴言の動画だ。ゆっくりとした口調、でも支離滅裂で意味不明な内容。そして衝撃的。夫は、その動画の最後に意識を失い、床に倒れ込むのだ。恐ろしいことに、その際夫は頭をテーブルに強く打ち、その頭を打った箇所から数センチの所に、鋭利な物が置いてあったのだ。そこに頭をぶつけていたらそれが頭に突き刺さり、夫は間違いなく死んでいただろう。

 

当時、この動画を義母に見せたら、義母は無言で涙を流した。当時の私は、「こんな息子で申し訳ない。息子がこんなに酷い仕打ちをあなたにしてごめんなさい。」と私に謝りもしなかった義母に腹が立った。

 

この動画を見た友人達はみんな衝撃を受けたようで、私を抱きしめてくれた子もいた。

みんな一様に、酔って暴言を吐いている酷くて危ない夫と、暴言を吐かれる可哀想な私、という目で見ていたと思う。

 

この動画を、最近ある友人に見せた。

彼女は元彼がアルコール依存症で、彼女に暴力を振るい、シェルターに行ったこともあるらしい。でも深みに入る前に別れたようで、彼女はそこまで酷い経験をしてきたわけではなかったようだ。

 

この動画を黙ってじっと見ていた彼女。

見終わった直後、彼女は両手で私の手を握り、目を瞑って私にあることを言った。そして私はその彼女の言葉に驚いて衝撃を受けた。

 

「旦那さんが言ってる言葉がね、・・・旦那さんの悲しみと不安が伝わってきた。こんな僕を捨ててどこかに行くんでしょ?って。だから、わざと嫌われるようなことを言ってると思った。あなたの名前を呼んでたけど、時々それがお母さんって聞こえて、母のように求めてると思った。支離滅裂じゃないよ。旦那さん、自分の苦しみを言ってるよ。」

 

・・・えっ!?

 

私はずっと、夫は支離滅裂なことを言って私を攻撃していたのだと思っていた。

何故なら、酔っ払っていたから。

でも彼女が言うには、あの動画からは、夫の悲しみが伝わってきたらしい。

夫の悲しみ?そんなことを言われたのは初めてだった。

 

酔っ払っているから支離滅裂なことを言っていると思っていた。

でも、そう思わない人もいた。

ちゃんと、悲しみを言っている、と理解した人がいた。

 

アルコール依存症だからと世間に蔑んで欲しくないと思っていた私は、実は、私こそアルコール依存症を見下していたのかも知れないな、と、彼女によって気付かされました。

 

 

 

Social gathering

夫が、仕事終了後の会社のイベントの親睦会に参加するという。そこでは同僚達のバンドも演奏をするとのこと。夫は普段は会社の話をあまりしないので、同僚とそういう場に参加するということに少し安心した。同時に、ついに来たかこの時が!という不安な気持ちにもなった。

その親睦会、当然、アルコールが出るんだよね?

 

夫は親戚のパーティでは、もちろんアルコールは飲まない。それは、親戚中がみんな夫のアルコールの問題を知っているからであり、また、妻である私が一緒にいるからである。そして、アルコールを飲まない夫に、誰もアルコールを勧めてこない。そんなみんなの無言の協力が、夫にアルコールを飲ませないようにしている。

 

でも、夫のアルコールの問題を知らない同僚達は・・・。

 

アルコールを飲まない夫のことを、放っておいてくれるだろうか。

悪ふざけで、夫のドリンクにアルコールを混ぜたりしないだろうか。

 

そして夫は夫で、誰も夫のアルコールの問題を知らないのをいいことに、その場の雰囲気でつい一口、飲んでしまわないだろうか。

 

そんな心配事が脳裏をかすめる。でもだからといって、私も今更いちいち「飲まないでね!」などと念を押したりはしない。

 

当日、夫は私が仕事から帰宅したのと同じくらいの時間に帰って来た。

あまりにも早過ぎて、イベントに参加しないで帰って来たのかと思ったくらいである。

「早かったねー!もう終わったの?」

「もう終わった。片付けを手伝って来たよ。」

 

その日はみんな仕事を3時半ぐらいに終わらせ、会社で5時ぐらいまで親睦会をしていたらしい。日本のような、夜遅くまでの飲み会を想像していた私は拍子抜けしてしまった。

それでも、やっぱりアルコールはあったんだよね?

そういうことを聞いてはいけない気がして、私はアルコールについては何も聞かなかった。

 

帰宅した夫の様子は普段と変わりはなく、飲んでいないのは明白で、そのまま最近打ち込んでいる家具(今はテーブル)作りを始めた。

アルコール、きっとあったんだろうけど、飲まなかったんだね。

 

夫の社会復帰後初めての、いつかは通らなければならないアルコールが伴うイベントが無事に終わり、内心ホッとした。