身体のストレス

夫のアルコール依存症問題によって私にもたらされたストレスは、私を精神的にだけでなく、身体的にも深い影響を及ぼした。

思えば、娘と二人で日本に里帰りをしている時を除けば、私達は毎日、同じ屋根の下で夫と寝起きを共にしているのだ。日によって異なる夫の状態。平穏と地獄の日々を繰り返し、結果、心だけでなく、身体も悲鳴を上げ始めた。

胃が何週間にも渡って痛んだり、帯状疱疹になったり、Cold Sore（口唇ヘルペス）になったりもした。私のストレスはすぐに唇に現れるらしく、初めて夫がアルコールで入院した時には、まるで美容整形に失敗したかのように、ビックリするほど唇が痛々しく腫れてしまった。

そして、夫のことを考えると、苦しくて胸が文字通りキューッと痛くなった。

「心が苦しいと、胸って、本当に痛くなるんだ。」

そういう胸の痛みを、今まで一体何度感じて来ただろうか。

胸の痛みは心の痛み。

“Heart”が「胸」と「心」を示す言葉であることは、よくできているなと思う。

こんな風に身体がストレスを感じた時には、ゆっくりと一人で温泉にでもつかりたい。

もちろん皮膚にこのような症状が出ている間は温泉で人に接触するわけにもいかず、かといって、このアメリカに、日本にあるような温泉があるわけでもない。また、アメリカ人が熱いと思うお湯の温度は日本人にはぬるいので、日本の温泉の熱さに慣れ親しんでいる私としては、ジャクジーに浸かっていても、あまり満足はしないものである。

そういう時は、身体に出るストレスの症状が治まるのをただひたすら待つと共に、遠い日本への望郷の念を抱いて、犬達と一緒に静かに過ごしている。

心への影響

夫のアルコール依存症問題は、私に多大なストレスを与えた。

今の悲惨な状況を悟られないように心に壁を作り、やがて、私は人と深く付き合うことができなくなってしまった。

私の場合、自分が精神的にいっぱいいっぱいであるということを仲良くしていた友人達に話すことができず、だんだんと付き合いも悪くなり、孤立し、ある時突然、何の前触れもなく、無言で友人関係を切られてしまった。

きっと、夫のアルコール依存症問題が特殊で辛過ぎて、友人達に心を開いて話すことができなかった自分がいけなかったのだろう。でも、事情を尋ねてもくれずに、あえてそういう非情なことをしてきたことに酷く戸惑い、ただでさえ傷ついている心にこのようなダメージを与えられ、私は心臓のバクバク感が止まらずに、恐怖とショックで震えてしまった。

実際に「それ」をしてきたのは一人の子なのだが、彼女のその陰険な行為を止めなかった時点で、周りのみんなもそれに加担しているようなものである。やった方に自覚は全くないかも知れないが、これは大人のイジメである。

でも、周りに同調せざるを得ない集団の心理というものは理解しているつもりなので、彼女達が「それ」を静観していたことについては、もう仕方なかったのだと思っている。それに一人一人はみんないい子達だし、口に出して言わないまでも、「彼女って、こういうことをする人なんだ」と、みんなそれぞれに思ったはずであり、そういう気持ちになるのが普通だと思う。（実際、後でそういう気持ちを私にテキストしてくれた子もいた。）そのくらいに彼女がしてきたことはあからさまで、私に対する悪意を感じた。

誰だって、自分がされたら嫌なことぐらい分かっているものである。だからこの彼女にしても、自分が「それ」をされたら嫌なことぐらい分かっていたはずだし、それを承知で私にしてきた、ということは、それが彼女の人間性ということであり、彼女の本性を見たようで唖然とした。

この友人達と付き合うには、あまりにも置かれている状況が違い過ぎた。

普通以上に素晴らしく充実した生活を送っている彼女達と、普通の生活さえも送れていない、夫のアルコール依存症問題に日々奮闘し苦悩する私。彼女達から、自分達や家族がいかに優れていて素晴らしいかという話を聞かされることは、彼女達を思うと、素直に「良かったネ！すごいネ！」という気持ちで嬉しくもあるのだが、同時に、自分の置かれている状況の悲惨さを再認識してしまい、心に余裕がない今の私は徐々に落ち込み、余計に辛く、苦しくなっていった。そんな彼女達に悪気は一切なく、ただ無邪気に、嬉しさを素直に表現して本音で話してくれていただけだったのだが、私は次第に、そんな彼女達の楽しい会話の中に入っていけなくなった。

いつか私に心の準備ができて、今までのいきさつを説明したとしても、もう彼女達とのグループとしての友人関係が元に戻ることはないだろう。一人一人とは変わらず友人のままでいられるとは思っているが、グループとしての彼女達は、もはや私に関心などないのだから。

この年になって、こんな女子高生のようなことを経験するとは思ってもみなかった。

でも、友人達の為にも、私自身の心の平穏の為にも、これはこれで良かったのかも知れない。

私が心を開いて本当のことを話せないうちは、そういう私と付き合う友人達に対しても失礼だろう。もしかしたらこの友人達も、そんな私に違和感を抱いて、私とはもう関わりたくないと思ったのかも知れない。

でも彼女達の中にも、私の異変に気付いて心配してくれた子達もいた。

いつか私が「アルコール依存症の家族という病」から回復したら、心配してくれたこの子達には、今まで言えなかった私の苦しみを聞いてもらいたいと思う。そして、こういうセンシティブなことは、人の気持ちに敏感で、心の痛みを分かってくれるような友人だけにしか、話したくはない。

夫のアルコール依存症問題は、元々良好だった人間関係から私を孤立させた。

私が自分の苦しみを包み隠さず素直に周りに伝えられていたなら、もっと違った結果になっていたかも知れない。

でもそのことで、それぞれの「人となり」に触れる事ができたのも事実。

友人の異変に気付いた時、それを無視して無情に切り捨てるのではなく、相手を想い、心配し、事情を聞いてあげられるような、そんな人で私もありたい。

料理のアルコール

私はアルコールを飲まないと言いながらも、料理では普通にお酒を使う。

料理で使う酒やワインが、いくら加熱でアルコールが飛んでいるからと言っても、アルコール依存症の夫にとって、これらの料理を口にすることは大丈夫なのだろうか？

オーブンで約２時間半煮込んだ、赤ワインを使ったポットロースト、気のせいであって欲しいのだが、意識して食べてみると、脳で微かにアルコールのクラクラ感を感じてしまった。(そのように思い込んでしまっただけなのかも知れないが。)　それを食べながら、夫がアルコールに気付いてしまうのではないかと、恐る恐る夫の様子を伺ってみる。

少量のアルコールにも敏感に反応してしまう私ではあるが、こんなアルコールが飛んだ料理に、夫は反応するだろうか？再飲酒のキッカケになったりすることがあるだろうか？

こんな小さなことを気にしてしまう私は、思えば、娘を妊娠中の時は、料理にお酒を使うことは一切なかった。どんなに物足りない味でも、お酒だけは絶対に体内に取り入れたくなかった。

妊娠中に、一度誤ってラム酒入りのケーキを食べてしまったことがあるのだが、その時は酷く動揺した。

妊娠中にアルコールを摂取すると、アルコールがへその緒から赤ちゃんへと伝わり、赤ちゃんがFetal Alcohol Syndrome（胎児性アルコール症候群）で産まれて来ることがある。この病気についてここに具体的なことを書くつもりはないが、アルコールでも薬物でも、妊娠中のお母さんのそんな犠牲になってしまうのは、いつも何の罪もない赤ちゃんなのである。

話は戻るが、料理で使うお酒やワイン、私はそれらを、夫から見えないところに隠し持っている。

夫は、いくらアルコール依存症だと言えど、消毒用のアルコールや、マウスウォッシュを飲んだことはない。重度のアルコール依存症者はそんなことを平気でするらしいのだが、幸い夫には、飲んでいいアルコールと飲んではいけないアルコールの区別はついているようだ。

だから、料理で使うアルコールは、絶対に夫の目に触れさせてはいけない。

そんな小さな気遣いをして、夫の再飲酒のキッカケを少しでも減らすよう、私も日々気を付けている。

夫が断酒を始めてから、２ヶ月が経ちました。