理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。(2018年5月)

新しい生活

働き始めた夫との新しい生活は、やっと普通の夫婦、家族に戻れた気がして、なんだか新鮮だった。

毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる。

そして、夫も私もそれぞれの仕事の一日が始まる。

夫が出社する日は私は在宅勤務、または午前中だけ在宅勤務をし、12時間近く犬達を2人きりにさせないように工夫した。

週末は変わらず夫婦で犬達を連れて公園へ。

そんな、普通の夫婦がやっているような普通のことが、やっとできるようになりました。

 

昔と違うのは、そこにアルコールがないだけ。

 

以前夫が働いていた時は、そこにいつもアルコールがあった。

アルコール依存症初期の頃は、ただ、仕事終わりに飲んでいただけだったものが、仕事を失う直前には、仕事に影響が出るまで飲み、仕事を失ってからのアルコール依存症末期の頃には、連続飲酒をほぼ3年間、延々と繰り返す。

 

あの廃人から、よくここまで立ち直ったと思います。

何がきっかけで断酒ができるようになったんだろう、と振り返ると、特に大きな出来事はなかったのだが、(というより、既に底つきをしていて、3年間ずっとその底辺でもがいていた)、やはり何度も何度も再飲酒し、何度も何度も離脱症状で苦しみ、何度も何度も後悔し、何度も何度ももう二度と飲まないと誓った、あの魔のサイクルを繰り返した末での、断酒の継続なのだと思います。

 

夫が変わったから私も変わる。

夫に働いてもらいたい一心で、今まで家のローンなど、ほぼ全ての生活費を夫に払ってもらっていたものだが、今は私も積極的に支払いに関わるようになりました。そうしたら、なんだか夫も責任感が軽減されて心が軽くなっているようで、二人で協力して生活していく、というスタンスになっていっているように感じます。

 

夫をアルコール依存症にしてしまったのは、前職での重圧ももちろんそうなのだが、当時は働いていなかった私や小さい娘の生活を支えるために、自分が一人で背負っていた、家族を支えていくという責任感が重過ぎたというのもあるのかな、と今となっては思います。