支配されるもの

夫の病気のせいで奪われるのは、私の仕事の時間だけではない。たまの息抜きの友人達との約束でさえも、全ては夫の体調に左右される。「娘を夫と二人で家に残して大丈夫だろうか・・・？」

友人との約束当日にドタキャンをして友人に迷惑をかけたくない。当日になって泥酔や離脱症状が起きると予測される時には、いろんな状況にもよるのだが、もしそれが友人宅でのパーティなら、ホストに確認をし、了解を得た上で娘も一緒に連れて行く。そんなことをするくらいなら、最初から友人からの誘いを断ればいいと思われるかも知れないが、夫との異常な生活が日常になっている私には、そういう普通の、平和で楽しい時間を持つことが必要だった。

そうは言っても、友人達と一緒にいても、夫のことは常に頭の片隅にある。みんなの楽しい会話が異次元の世界の話のようで、自分が置かれている状況の悲惨さを改めて感じ、落ち込む時もある。また、もともとアルコールを飲まない私ではあるが、夫を想い、友人達に勧められても、ほんの少しのアルコールでも口にできないでいる。夫がアルコールで苦しんでいるのに、私が飲んでしまうと、自分で罪悪感に苛まされるのが分かっているからである。また、帰宅した私からアルコールの匂いをプンプンさせたくなかった。夫が背負っている病気を思うと、「私も飲まないよ、一生。」という気持ちでいたかった。

息抜きの時間が必要だと言っても、友人達としょっちゅう会っているわけではない。会うのは、年に片手で数えるぐらいだろうか。私の息抜きは、毎日会社で仕事をしている時間だと言っても過言ではない。仕事に集中していると、現実逃避ができるようで、辛さを忘れられる。会社では明るく、いつも楽しそうに笑っている私は、同僚からは悩みのない幸せそうな女性だと思われていることは間違いないだろう。そのような『別の人間』になることで、あの異常な状況にいる人（私）は自分ではないんだ、という風に感じて、苦しみを和らげる手段にしているのかも知れない。

友人達の話に戻るが、娘ぐらいの年齢の子供がいる友人達は、子供と夫を留守番させて、自由に自分の時間を楽しんだり、日本の家族の緊急時には、自分だけ一人で帰国したりしている。私は、もし私の両親に何かあったとしても、娘を今の夫の元に残して一人で日本に緊急帰国などできないと諦めている。

今の夫は、泥酔と離脱症状という時限爆弾を抱えているようなものなのだ。そしてそれは、私の息抜きの時間でさえも、常に私の心を支配している。