無関心

夫の周りには、夫を叱ってくれる人がいない。
アメリカ人の国民性なのだろうが、個人的な問題に進んで関わろうとしないのだ。
夫の友人、親戚、夫の兄妹、みんな夫のアルコール問題を、まるで存在しないかのように無視して普通にしている。

唯一夫の両親だけが彼のアルコール問題について時々様子を聞いてくるのだが、だからと言って彼を叱ったり怒鳴ったり、説得を試みたりするようなことはしない。「息子はもう大人だし、そんなことをしても彼には効かないから」と言うのだが、彼らが何も言わないことにより、余計に私が「理解のないガミガミとうるさい精神的に病んだ妻」だという風に強調され、夫に「両親は何も言わないから、自分がしていることは間違っていないんだ」という、妙な安心感を与えているということを義父母は分かっているのだろうか？叱らないどころか、アルコール問題以外のたわいもない世間話をして夫と一緒に笑っている義父母。もう息子は大人だから叱らないという感覚は、私には全く理解ができない。

彼らは夫が一番手をつけられなくなる時、泥酔時にはうちへ来ようとはしない。離脱症状の時でさえ、最初はうちへ来て様子を見てくれたことはあったものの、もう今ではうちへ来ることはない。夫と住んでいない彼らは、夫が一番大変な時に関わらない。だから、彼らには私の苦しみが分からない。いや、一度でもあの大変さを目にしている彼らは、大変だということが分かったからこそ、もううちに近づかないのかも知れない。

たまに来るのは夫が飲んでいない時。そして、どうでもいい話をして帰って行く。たとえその時に夫が飲んでいたとしても、１，２時間の嫌な思いをしたあと帰宅し、当たり前のように普通の生活に戻っていく。そしてアルコール依存症抜きの平穏な毎日を送る。それは電話にも言える。夫の泥酔時の、対応し切れなくて切羽詰った私からの電話や、夫が離脱症状時に彼らに助けを求めてかける電話の応対はその場限りのものであり、電話を切ったら、彼らの耳には私達の悲痛な叫びはもう聞こえない。だから夫に、「何も言わない、怒らない彼らの反応が普通で、過剰に反応し過ぎている妻の私は異常である」という風に思って欲しくない。アルコール依存症と向き合っている家族なら、きっと誰もが怒りの感情を抱えているはずなのだ。

私と娘は彼らとは違う。私達には逃げる場所がない。アルコール依存症の人間と毎日顔を合わせ、一緒に生活し、酔っぱらいの理不尽な対応をし、離脱症状につき合わされる。彼らのように、普通でない夫を残し、「じゃあね、バイバイ。」とどこかに行ける場所があればよかった。そう言って夫との電話を切り、私も普通の生活に戻りたかった。

彼らは、夫が泥酔して私達が大変な時に、「いつでもうちに泊まりにおいで」と言ってくれる。ありがたい申し出だが、言って欲しいのはそんなことではない。何で私達が夫のせいで自宅から追いやられ、人の家で気を遣って居心地の悪い思いをしないといけないのか？私達が大変な時にかけて欲しい言葉は、「息子をうちに連れて帰るから。少し預かってこちらで面倒をみるから、あなた達は家でゆっくりしなさい。」という言葉なのだ。（もっとも、アメリカ人にそんな気遣いを求めてはいけないのだが。）

もちろん親だとしても、泥酔した息子を家に連れて来て酔っぱらいの相手をするのはお断りだろう。だから彼らは、その酔っぱらいの息子ではなく、『扱いやすいシラフの私達』に「おいで」と言うのだ。真意はどうであれ、その申し出に感謝をするどころか、「あなた達が酔っぱらいの相手をしたくないのは分かった。でも私達は、毎日その酔っぱらいのあなたの息子の相手をしてるんだよ！」という歪んだ感情が出てしまう私は、やはり心が病んでいるのかも知れない。

息子が無職でアルコール依存症だからといって、彼らの生活に何か大きな影響があるわけではない。収入の心配、家のローンの心配、社会の底辺にいるという屈辱、将来への不安、彼らにとって夫の問題は、彼らの問題ではないのだ。

もし私が夫と離婚して夫に行き場所がなくなった時、果たして彼らは夫を快く迎え入れるだろうか？まだ私達に娘が生まれる前、夫がアルコール依存症ではなかった頃、義母は夫と義兄に、「将来はどっちかの家で一緒に暮らすわ。」と冗談っぽく言っていた。それが今では、私が「もし私達が離婚して夫が一人で暮らせなくなったらどうしますか？夫を引き取りますか？」と言ったことに対して「冗談じゃないわ！あの息子とは一緒に暮らさない！」と声を張り上げていた。そしてまたその一言に反応して、私の中で嫌な感情が湧き出てくる。「あなたが一緒に暮らしたくないあなたの息子と、私達は今一緒に暮らしてるんですけど！」

彼らが夫と暮らしたら、今のように他人事ではいられないだろう。今の、夫への優しくて甘い対応が一転して発狂寸前の厳しいものになった時、やっと私は孤独から抜け出せそうな気がする。