非情な対応

夫が飲酒をすると、最初の頃は懸命に夫の世話をしていたものだが、夫の状態が悪化するにつれ、私は夫を無視して放置するようになった。

泥酔して床で寝ていても、ブランケットをかけてあげることもなく、そのままそこに放置。家の玄関や庭へのドアに挟まって寝ていても放置。カラのボトルや飲んだ後のグラスが溜まって置きっぱなしになっていても、これは夫の責任だから放置。離脱症状でもがき苦しんでいても、これは夫の問題だから放置。

今にも死にそうな夫を無視し続けた私の当時の心情は、”YOU DESERVE IT ! DEAL WITH IT ! （当然だ！自分で対処しろ！）” というもの。

「こうなることが分かっていて飲んだのだから、罰を受けて当然。」「酔って私達に暴言を吐き、あれだけ私達を苦しめたのだから、今度はお前が苦しめ！」「飲んだのだから、もう死んでも仕方ないよね！？」、というもの。

ただ唯一、夫が苦しみに悶えながらお水を求めた時だけは、顔をこわばらせながらも無言で差し出した。こんなことしたくもないが、これで死なれても困るから。そしてやっぱり、あんな夫でも、生きていて欲しいから。

息ができなくて苦しいから胸を押してくれ、と頼まれれば胸を押した。

放置するとは言っても、死が避けられるなら、私にできることなら最低限のことはやってあげた。

そして時折、「私に助けを求められても、私は何もすることができない。苦しいならERに連れて行く。車に乗ってくれないなら、救急車を呼ぶ。あなたはどうしたいの？」と夫に聞いた。勝手なことをして、また後で怒鳴られるような不条理なことはゴメンだから、私は夫に選択権を与える。

大抵は苦しみながらも「行かない」という返答が返ってくるのだが、私はそれにまた呆れて、その場から去る。

それでも助けを求める夫。私がどこに避難しようが、しつこく私を追い回し、精神異常者のようなセリフを延々と吐き、時には苦しみで絶叫する。それに加えて、支離滅裂な幻覚と幻聴。こんな異様な光景に、私は気が狂いそうになる。そして益々夫を拒絶する。

何て酷い妻なんだと軽蔑されるかも知れないが、アルコール依存症者に関わる家族はみな、末期になると、このような恐ろしい感情が芽生え、心が病んでしまう。アルコール依存症者が飲酒して化け物になり、離脱症状で苦しみ、アルコール性てんかんで生死を彷徨うこの一連の光景は、まさにこの世の地獄である。

夫の離脱症状は私を苛立たせると共に、自分は放置されるということを悟った夫は、いつの頃からか、離脱症状が出ても、助けを求めて私にしつこく付きまとうことはなくなった。その代わりに夫は、夫の父と母に助けを求めて電話をしていた。当然、泥酔時に夫から迷惑をかけられることがない義父母は、夫の離脱症状に、電話で付きっ切りで対応する。

時には彼らも厳しい口調で夫に治療を受けるよう説得するのだが、夫はそれを静かに聞くだけで、何も答えない。こんな光景を、一体今までに何度、目にして来ただろうか。ずっと同じことの繰り返しで、何の進歩もない。滑稽過ぎて、「勝手にやってくれ！」と思ってしまう。

義父は夫の離脱症状に、真夜中でも明け方でも、ずっと辛抱強く電話で付き合ってくれた。

それは義母も同じなのだが、一度義母のある行動に頭に来て、私は夫に義母との電話を切るよう静かに促したことがある。

夫が離脱症状に苦しみ、義母に助けを求めて電話する時、義母は時々電話のスピーカーをオンにしたまま、自分は家事で手を動かす時があった。人の都合を考えずに電話する夫がいけないのだし、義母だって、料理中だったり掃除中だったりすることがあるだろう。「スピーカーをオンにして、喋らなくてもずっと電話をつなげているのは、息子に、私はここにいるよ！と安心してもらうため」だと言っていた義母。はい、それはもう理解しております。夫の離脱症状に付き合って下さり、どうもありがとうございます。

でも去年の夏、夫が離脱症状で苦しみ、いつものように義母に助けを求めて電話をした時、その時はちょうど義母が大好きな地元のプロ野球チームの試合の日で、TV中継していた。「〇〇の試合を、今テレビで見てるから！」と言い、いつものようにスピーカーをオンにしている義母。電話口では、夫が苦しく息を吐く。見慣れた光景ではあるのだが、私は心配でその様子を見ていた。

TVで野球中継を見ながら、その野球チームに声援を送る義母。大声で叫び、熱狂し、時には酔っぱらいのような口調でそのチームにダメ出しをする義母。

そして私は気が付いた。

「えっ・・・！アルコール飲んでる！」

義母は、電話の向こうでアルコールを飲んでいた。

そのさまは、まさに野球好きのクズな白人。

野球好きな呑兵衛が、アルコールを飲まずに野球の試合の観戦などするわけはないだろう。当然と言えば当然なのだろうが、私はそんな義母にショックを受け、心が苦しくなった。

アルコールの離脱症状で苦しむ息子を電話口に置き去りにし、自分は酔ってTVに向かってはしゃいだり怒ったり。きっと夫と同様に、ウォッカでもかっくらっていたのだろう。

そして夫は電話口でそれを聞いている。

こちらもスピーカーをオンにしていたため、そばにいた私にも、その様子がはっきりと分かった。

「お義母さん、酔ってるよ。電話、切ろう。電話切って！！！」

私は怒りで夫にそう言った。

何も言わずに、ただ苦しく息を吐く夫。

義母に怒鳴ってやろうかと思ったが、私はそれをしなかった。

相手は酔っぱらい。

酔っぱらいとは、まともに相手にしない方がいい。

私は夫に同情した。

彼は何も言わなかったが、悲しくなかったはずはないだろう。

私は私自身が夫を放置しながらも、夫が実の母親からそんな風にぞんざいに扱われたことに、込み上げる怒りを抑えることができなかった。

私は苦しむ夫を放置する冷酷な妻かも知れないが、義母は苦しむ息子を放置し、娯楽とアルコールを選んだ非情な母親。同じ放置でも、私と義母のそれは、全く別物だと思っている。

息子がアルコールの離脱症状で苦しむ中、自分は酔って大騒ぎしながら野球中継を見ている義母。

息子がアルコールで苦しんでいても尚、自分は好きなアルコールを飲み続ける母親。

自分のことは棚に上げて、息子に「飲むな」、「シラフでいることはいいことだ」、などと言うのは、何の説得力もない。義母は自分もアルコールをやめようだなんて、これっぽっちも思っていないだろう。同じ母親として、こういう親にはなりたくないと思った。

では私は、一体義母にどうして欲しかったのだろうか？

野球が好きでそれを見ているのも、アルコールが好きで飲んでいるのも、彼女の自由だ。

ただ、タイミングというものはあるだろう。

TVで野球の生中継をしているくらいだから、外に出て行けない時間ではない。

義母宅から我が家まで、車で３０分もかからない距離だ。

心配で息子の様子を見に来るという選択肢は、彼女にはなかったのだろうか？

野球中継を見て大騒ぎする余裕があったなら、異様な空気を放つ荒れたこの家に踏み込み、夫を、私を、助けて欲しかった。

頼る大人が誰もいない状況の中で、夫の離脱症状を一人で対応するのは、とても怖いことである。

心を病み、夫を放置しているからこそ、ちゃんと正しい判断をしてくれる大人にそばにいて欲しかった。

「怒鳴られたくないし、彼の責任だ」と拒む私を説き伏せ、「救急車を呼ぼう！」と率先して救急車を呼んでくれたら、もしかしたら私のせいで死んでいたかもしれない夫が、死なずに済んだかも知れない。そういうギリギリのところに、私達はいつもいるのだ。

こんなことを私が言うのも変な話ではあるが、妻の私が夫を放置しているからこそ、夫には違う形で、他の誰かから守ってもらって欲しかった。

放置しているけど助かって欲しい。

こんな心情、不運にもこの状況に身を置かない限り、きっと誰にも分かってはもらえないだろう。