理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。(2018年5月)

夫婦の絆

久々に夫が凄い人に思えた。

夫が無職の間は、夫のことはグータラで尊敬できなかったけれど、今までの空白の時間を埋めるためにも、夫は働き始めたら、きっと一生懸命に働いてくれると信じている。

遠い昔のことでずっと忘れていたのだが、そういえばそんな風に頑張って働く人だったんだ、私の夫は。

 

夫がやっと新しいスタートラインに立ち、やっと普通の人達と同じ場所に帰ってきた気がして嬉しかった。

そうなると、自然に私も夫に優しくなる。

夫もとてもやる気になっている。

また、一からお金を貯めていく、と張り切っている。

私は、今まで自分だけが働いていたから、常に気が張っていた。

本当に、夫が働かないというのはものすごくストレスだった。

もう、頑張らなくっていいんだ。

そんな風に、私は肩の荷が下りた。

 

夫の仕事が決まったことにより、私達は、夫婦の距離が一気に縮まった気がした。

今までは単なる同居人で、お互い、なんとなくお互いのことには干渉しないようにしていた。

でもやっと、普通の夫婦、普通の家族に戻れる気がして、私も夫も、自分達の将来に希望を見出して、二人で嬉しくなった。

 

義母からの、夫の再就職を喜ぶテキストが届く。

私はテキストを返す代わりに、彼女に電話をした。

思えば、彼女と電話する時は、夫のアルコール依存症や、働かないことへの愚痴ばかりで、こんなに嬉しい内容で彼女に電話をしたのは久しぶりだった。

 

あの嫌いだった義母と二人で喜びを分かち合う。

あの頃は、こんな日が来るだなんて、思ってもみなかった。

 

苦しかったよね、あの時は。

もう、戻りたくないよね、あの頃に。

あなたは本当によく頑張った。

他の人ならもうとっくに離婚してるはず。

 

等々、お互いに苦労を労い、夫の門出を喜んだ。

 

義父とは、特に改めてそのことについて話はしなかったが、その後再会した時の義父の晴れやかな顔が、彼も夫のことでホッとしてるんだな、ということを物語っていた。

 

夫の再就職は、私達夫婦の距離を久々に縮め、また、夫の周りの人すべての心を明るくした。