甘い香り
それは突然やって来る。
夫からかすかに漂うウォッカの甘い香り、私はすぐに気づいてしまう。
夫の表情、歩き方、話し方、飲むとそれらに異変が起こる。それでも飲んでないと嘘を突き通す夫に、私は苛立ちを覚える。嘘をつかれる時ほどつらいことはない。飲んでいるのは明白なのに、飲んでないと平然と嘘をつく。しまいには、”Are you crazy?”(クレイジーじゃないの?)とまで言い放ち、あたかも私が被害妄想に陥っているかのごとく鼻で笑う。アルコール依存症という病気が嘘をつかせていると頭で分かってはいても、嘘をつかれるたびに信用、信頼、愛情が薄れていく。
ひとたび私が夫の再飲酒を指摘すると、夫は自分の嘘を否定も肯定もしないものの、もう、飲むことを隠そうとはしない。そして、連続飲酒の次のサイクルに突入する。離脱症状が起こるまでこれが続くわけだから、もう私は何も言わない。酔っ払いと真剣に向き合っても自分がバカをみるだけ。ひたすら無視するか、時にはこっちも暴言を吐いて感情をぶつける。相手と同じレベルに成り下がるのは不本意だが、感情をずっと押し殺し、それがいつか爆発して取り返しがつかないことになってしまう前に、怒りの感情はストレートに夫にぶつけている。たとえそれが、酔っ払いには無駄な行為であるとしても。
「飲むな」と言ったところで、飲むのをやめるわけがない。むしろ、沢山飲んで、早く離脱症状に陥って欲しいと願っている。離脱症状なしでは、夫の連続飲酒は止まらないのだ。