理不尽な病 ~アルコール依存症の夫と暮らして~

アメリカ人の夫との結婚生活15年。夫のアルコールの問題に悩まされて10年。アルコール依存症だと認識して約8年。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、私はこうして地獄に付き合わなければならないのだろうか…? 遠い日本の親にも友達にも言えないこの苦しみを、どうかここで吐き出させて下さい。(2018年5月)

911(警察)

私は夫から精神的な言葉の暴力で苦しめられる反面、肉体的な暴力は実は一度も受けたことはない。酔っていても、である。また夫は、酔っていても、ものを投げつけたり破壊するようなこともしない。これは不幸中の幸いであり、もし夫が暴力的でものを破壊するようなことがあれば、私は娘と犬達を連れて、とっくの昔に家を出ていたことであろう。

 

そんな中で私は、数回警察に助けを求めたことがある。
暴力を振るわれたわけではない、ただ、夫の精神的な嫌がらせに振り回されることに耐えられなくなったからだ。私が激高して夫に危害を加えてしまう前に、誰か大人の人間に私達の間に入って欲しかった。

 

きっかけは本当にくだらないことだった。
こんなことで激高する私も、相当精神が参っていたのだと思う。

 

家の中では靴を脱ぐという、日本人だったらごく当たり前のルールをこの家に課していた私に対し、酔った夫は嫌がらせで靴を履いたまま家中を歩き回り、犬達のフンを家の床に数箇所なすりつけたのである。あまりにも幼稚で大人気ない夫。今までの積もりに積もった夫への負の感情が一気に沸いて出て、私はそのフンを夫の顔になすりつけた。今思えば本当にくだらないことなのだが、そんなくだらないことがトリガーになって私は夫に反撃した。このままエスカレートして夫を刺してしまう前に、第三者の人間に間に入って欲しかった。そして、私は自分から911(警察)に電話をした。

 

警察は数名やってきた。当たり前のようにズカズカと土足で入られたが、そんなことを気にしている状況ではなかった。DVでもない、殺人事件でもない、ただのくだらない子供のケンカのような通報に、警察は真面目に話しを聞いてくれた。

 

私はDomestic Mental Abuse, Domestic Verbal Abuse(言葉による精神的なDV)を強調した。「警察なら夫を逮捕して、リハビリ施設へ強制的に送り込んでくれるかも知れない!」そんな恐ろしい期待が脳裏をかすめた。そして、こんな小さなくだらない犬のフンの話から、夫のアルコール依存症問題へと話は変わっていった。

 

警察は夫を逮捕しなかった。精神的な暴力は、肉体的な暴力とは重さが違ったのである。私や娘にひどく同情し、夫にもリハビリ施設に行くよう促してはくれたが、警察にできることはそれ以上なかった。そして、Women’s Placeという、DVを受けている女性への支援グループの連絡先を教えてくれた。

 

実は前に一度、夜中に家を飛び出して警察に駆け込んだ時がある。その時にもこの支援グループの情報はもらっていた。結局警察にできることは、こういう支援グループの情報を知らせることぐらいしかないのである。

 

その後しばらくして、また同じようなくだらない理由で911に電話をしてしまったものの、「この家で、この状況で娘を育てることはChild Abuse(子供の虐待)としてみなされ、娘が私と夫から引き離されるかも知れない」と危惧し、それからもう警察に助けを求めることはやめた。

 

その代わりに、どうしても対応できない状況になった時、私はWomen’s Placeに電話をした。ただ、話を聞いてもらうだけでよかった。この、私が「親戚でもない、友達でもない誰かと、電話で夫について切羽詰ったように話している姿」は、夫を黙らせるには効果的だった。夫は恐らく、私が警察に電話をしているものだと思ったことであろう。そういう風に不安を与えると、夫は黙ってその場から離れた。こうしてやっと、いっときの平和な時間が訪れた。

 

 

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